【月龍の偉人】孔子を六龍法で占い鑑定
こんにちは。
北極流占い師の相原康人です。
運が良くなれば、どんな夢も叶う!
というわけで、有名人・偉人から六龍の生き方を学ぶシリーズ。
今回は月龍の偉人、孔子のエピソードをご紹介します。
【月龍の偉人】孔子
孔子と言えば、春秋時代末期の思想家で、儒教の開祖です。
乱世の時代、諸子百家と呼ばれる多数の思想家が輩出されておりますが、孔子もその一人です。
紀元前の人物のため、生年月日は不明ですが、占いの世界では口伝継承にて「月龍」であることが言い伝えられています。
孔子の活動と生前の評価
孔子は諸子百家の下、「徳で治める」という思想で活動されました。
「徳」とは、人徳、道徳などの考え方であり、「徳で国を治めよ」という徳地主義を推進したのが孔子です。
その思想は今でこそ評価され、中国では儒教という考え方が現代にも根付いておりますが、生前の評価は芳しいものではありませんでした。
乱世の時代においては、武力で領土を拡大する思想が色濃く根付いていたため、武力行使とは真逆の徳を積むという孔子の考え方は時代的に受け入れられなかったのです。
それでも、この徳高い教えを持って国を治めるべきという思想・哲学の下、孔子は各国を回りましたが、生前はその志を布教することが出来ませんでした。
孔子の思想と「論語」の普及
没後、孔子の孫である孔伋(こうきゅう)の門人から儒学を学んだ孟子等が孔子の思想を発展させ提唱したことで、儒教の教えが拡大しました。
後に弟子達が記録した書物である「論語」は朱子学における「四書」の1つに数えられています。
「論語」では、徳の高い人となるために五常(仁・義・礼・智・信)が必要であると唱えられています。
儒教の教えにある五常
仁・・・人のため。誰かへの思いやり。
義・・・大義名分。大義に生きる。
礼・・・礼儀礼節。
智・・・知恵。
信・・・信頼のおける人になる。
この5つが揃って初めて、徳の高い人物となれる。というのが儒教における考え方です。
儒教の教えは日本の歴史中でも度々採用されており、人徳の高い人物となることの重要性が伺えると同時に、この思想を反映させた孔子は、最も思想や哲学を深めた偉人と言えます。
孔子と老子
孔子と対を成す諸子百家として、老子が挙げられます。
孔子が儒家(じゅか)であり、老子が道家(どうか)。
儒家は、社会的役割に応じた生き方を遵守することが重要という教えであり、
道家は、差異は人智の所産で絶対的なものではないという教えです。
どちらが勝るという優劣はありませんが、この2人の思想を融合出来ずにいた中国の歴史から学ぶに、孔子的な教えと老子的な教えの両方を融合し取り入れた道が私たち日本人の目指すべき境地と言えるでしょう。
孔子の教えから学ぶ志と月龍の開運パターン
孔子は、下記のような言葉を残しています。
孔子の言葉
吾、十有五にして学に志す
三十にして立つ
四十にして惑わず、
五十にして天命を知る
六十にして耳順(したが)ふ
七十にして心の欲する所に従えども
矩(のり)を踰(こ)えず
「論語 – 為政 第二・四」より。
学問を通して志を定めたのが15歳。
30歳にして、ようやく人前に立ち仕事が出来るようになり。
40歳にして、ブレずに立ち振る舞えるようになり。
50歳にして、生まれた意味、天命を知り。
60歳にして、人の言葉へ素直に耳を傾けることが出来るようになり。
70歳にして、本能に従い自分の心の想うがままに生きても大きな道から外れない生き方になる。
この言葉から分かるのは、孔子ですら、ブレない志・理念を得るまでには40歳までかかっているということです。
志を定め、ブレない理念・理想を突き詰めることが月龍の成長パターンとなります。
見ていることが小さい月龍は、過去の自分の考え方に囚われて永遠と無駄なことを考え続けてしまいます。
この考える矛先を、世の中のため、自分の思想哲学を追求するためと思い生きられれば、孔子のように月龍としての天命を全うすることが出来るのです。
そのためにも、自身の中心を定め、大きなビジョン、志を立てることが月龍としての成功パターンと言えるでしょう。
何かを始める上で、早い遅いは関係ありません。思い立ったが吉日。焦らずに、自身のペースで孔子のように日々精進してゆきましょう。
運が良くなればどんな夢も叶う!
あなたの開運をお祈りしております。
相原康人